top of page

患者はなにを求めて病院へくるのか

更新日:2020年6月7日


 


今回は、医師として働く意義や目的を考え直すきっかけとなった、ある患者さんとの出会いをお話しします。

10年前のある日、Iさんという当時83歳の女性が、「右足のおやゆびが真っ黒になった」とのことで私の元を訪れました。彼女は糖尿病のために腎不全となり、透析を受けていました。

「バイパス手術をして、黒くなったおやゆびを切断することをお薦めします」と提案しました。医師として患者を「治す」のは当然のこと。そう考えて、最善と思われる提案をしたのです。ところが彼女の口から出たのは、予想外の返答でした。「先生、危険を冒してバイパス手術を受けたり、親からもらったおやゆびを切り落としたりしたくありません。下腿切断も結構。このままにしてください」。

「治さないことが幸せということですか?」戸惑いながらも確認すると、「もちろん治ったほうが幸せですが、代償が大きすぎます。ここへ通いますから、お願いします」とのことでした。彼女は、足を見守ってくれれば、それで私は安心できるのだから……、と繰り返すばかりでした。

「先生、患者が病院に求めているのはなんだと思いますか?」返答に窮する私に、「患者は幸せになりたいんです。安心したい」ともおっしゃいました。その言葉には、患者としての強い意思が込められていたように思います。それから彼女は隔週で約60kmの道のりを通院され、5年半付き合った足は最終的に正常皮膚で覆われました。


──患者さんはなにを求めて私たちのところへくるのか?

それは「幸せ」と「安心感」。


──私たちはなんのために足をみて、ケアするのか?

患者さんとその家族の「幸せ」と「安心感」のため。


Iさんとの出会いを通じ、そのような確信に至りました。

写真は大野原から見た富士山です。Iさんは通院のたびこの風景をご覧になり、その美しさや生きることへの感謝を口にされていました。

私も通勤でこの道を通るたび、今は天国のIさんを思い出します。



4 Comments


花田 明香
花田 明香
Jun 01, 2020

石原良太郎様 お褒めの言葉と、的確なアドバイスをいただきまして、ありがとうございます。 幸せと目的、何となくしっくりこないような気がしておりました。 高次の概念を使用すると馴染みますね。 こういうコメントをいただけることがありがたくてなりません。 これからもよろしくお願いします。

Like

石原 良太郎
May 31, 2020

花田先生

昨日のフットケア講演、素晴らしいプレゼンでした!

論旨明快でとてもわかりやすい内容でした。また、先生のパッションがひしひしと伝わってきました。ありがとうございました。

「CLTT」とか「フィラピー」とか、全く知りませんでした。専門的で深淵な分野をのぞき見た感じです。7つの理念と7つのアクションも秀逸です。

ひとこと言わせてもらうと、「幸せになることを目的にする」に「目的」という言葉が使われていますが、「目的」は即物的な、成果的な語感があります。「ビジョン」「使命」など、より高次の概念を使用すると協力者が増えるような気がします。フィクション(?)を信じてもらうことで、組織の力を倍加できるような気がします。些末、余計なことですみません。

花田先生の夢の実現に微力ながら協力させてください。今後のご発展を祈願いたします。

Like

花田 明香
花田 明香
May 30, 2020

石原良太郎様 ありがとうございます。 成果を出したくて焦ったり、気持ちを押しつけたりして生きてきた若い私にとって、この患者さんとの出会いは衝撃でした。 石原様は生きてきた道を振り返ると、名残惜しいほどに輝いているのだとお察しします。 精一杯生きていくと、その道を進む時には焦ったり、困ったりしても、全て良いことに繋がっていくような気がしますね。 そして、さらに死を意識すると、人はまた新たなステージに立つのですね。 詳しくお聞きしたいです。

Like

石原 良太郎
May 30, 2020

良いお話ですね! 若い頃は成果を出そうといつも焦っていましたが、今は、all good things come to an end. 幸せをかみしめて、ちょっと名残惜しいと思うようになりました。死と善悪と宇宙について考えるようになりました。笑

Like
bottom of page